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旅は続く

 

I'2012年11月8日

Chennai, Tamil Nadu,India

 

 

 

 南インド最大の町、チェンナイ(マドラス)にやって来た。

 コーチンで南インド料理のレシピ本を探していたのだが、なかなか欲しいものが見つからず、大都市の本屋ならば多くの書籍があるだろう、と思ったからだ。

 

 本屋の入ったショッピングモールに入る。

 入り口にはガードマンが立ち、入念にセキュリティチェックを受ける。

 あきらかに身なりが汚い者を、わざわざ入れようとしない。

 貧乏人は中に入れないシステムなのだ。

 買い物客は、裕福そうな人ばかりである。

 

 本屋の料理コーナーに行くと、想像以上に大量のレシピ本が陳列されているのを見た。

 「そうそう、こんな本が欲しかったんだ」

 カラー写真をふんだんに使った料理本を手に取り、しばらく眺める。  自分がインドにいることを忘れるほど、長時間読みふける。

 

 日本で手に入るレシピ本でも、十分に美味しいインド料理を作ることは出来るだろう。

 しかし私はそれでは満足できなかった。

 インドのプロの料理人が、一般家庭のインド人たちに向けて書いた、伝統的なインド料理の本。

 これを、どうしても手に入れたかった。

 

 西遊記で知られる三蔵法師だって、自国の経典に疑問を感じたため、原典を求め国禁を犯してまで天竺まで行ったではないか。

 

 本の裏表紙の値段を見ると、非常に高価である。

 しかし、ここにまた来れる保証は全くない。

 欲しい本は全部買うしかない。

 大量に買い込み、郵便局で送った。

 

 

2012年11月11日

Fort Cochin, Kerala,India

 

 

 

「お!また会ったね」

 コーチンに戻ると、再会が待っていた。

 一人旅をしている、23歳のフランス人女性だ。

 私との年の差は約20、親子くらいの開きがある。

 

 

 欧米人の一人旅は珍しい。

 基本的に彼らはカップルか集団で行動する。

 彼女のように女性一人で旅しているのを見たのは初めてだった。

 

 長期旅行をした人なら理解してもらえると思うのだが、一緒に旅をしている訳ではないのに、行く先々で何度も同じ人に出会うことがあるものなのだ。

 

 

 二人とも時間に余裕があったので、一緒に食堂でチャイを飲む。

 今までは軽い挨拶と世間話しかしていなかったが、何度もシンクロして出会ってしまう彼女のことを今回は詳しく知りたい、と思った。

 

「個人的なことを聞いてもいいかな」

「いいわよ」

「旅行する前は、どんな仕事をしていたの?」

 

 彼女はロシア系のフランス人で、前職は家具職人をしていた。

 従業員3人ほどの小さな工房で働いていたのだという。

「仕事を辞めた理由?・・・以前からインドに来たかった、だから今ここにいるのよ」

 

 

 

「ところで、あなたはどうなの?」

 彼女に聞かれ、答えにつまる。

 本当のことを話しておこうと思った。

 

「実は、私も今仕事をしていないんだ」

「そうね」

「日本に戻ったら、事業を始めるつもりなんだ。インド料理の店をね」

「いいじゃない。素晴らしいわ」

 彼女は青い瞳を輝かせながら、私の話を聞いている。

 

「でもね、年齢もそうだけれど、もともと自分は料理人ではないので事業で成功できるか、実はとても不安なんだ」

 自分の胸のうちを、初対面同様の相手にさらけだしてしまった。

 

「大丈夫。人生に不可能はないのよ」

 そう言って彼女は微笑み、私をみつめた。

「全てが可能なのよ」

 

 彼女の若く、精気に満ちた表情が、まぶしかった。

 私には子供がいないが、娘に励まされたような気分になり、泣きそうになってしまった。

 

 

「ありがとう」

 

                                                                                            放浪旅行記 完

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