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スニ

インド滞在の最終日となった。
私はスニの勤務するブティックに向かった。
買い物を終えた後で荷物をまとめ、空港行きの直行バスに乗る予定だった。

ブティックで、しばらく物色する。
Tシャツ。
マグカップ。
布製バッグ。
コースター。
キッチュでカラフルな雑貨類は、エスニック色を残しつつ洗練されている。
やはり、この店は私の好みにドンピシャなのである。
土産というよりも自分の店のディスプレイ用として、今回も大量に買い込んでしまった。
しめて7000ルピー。

「ふふふっ。あなたは、ホントいいお客さんね」
笑うスニ。
店内で彼女としばらく話し込むこと、小一時間あまり。
最後に二人でゆっくり話ができて満足した。
彼女の夫が料理人だというので、次回訪問時に会わせてもらうことになった。
コーチンを再訪問する目的ができた。
これでインド滞在も心残りはない、宿に戻って荷物をまとめよう。
そう思った帰り間際に、私は大切な事を思い出した。

「そう言えば、シャンからお土産のチョコを受け取ったんだよね?」
「・・・うん」
彼女が喜んで礼を言ってくると思いきや、反応がおかしい。
表情が曇っている。
「2つよ」
「そうか、2袋だけか」
シャンの奴、約束を破ったな。まったく、あの野郎。
「ノー。違う。違うのよ」
彼女は首を振っている。

「TWO PIECES」
彼女が語気を強めて言った。
えっ、私の聞き間違いか?
「2切れって、どういうことだ?!」
「言葉の通りよ。ふ・た・き・れ」
「信じられない。本当なのか?」
「本当よ。シャンはチョコを全部自分で食べて、いくらか友人達にあげたんだと思うわ」
私の頭の中が混乱していく。
「彼は・・・私に、チョコはスニに渡しておくって、確かに言ったぞ」
「私には、チョコは自分が貰ったって言っていた。お前にも分けてやるって。それで2切れ」
「なんてこった・・・」
シャンは、私に嘘をついたのか?

「でも彼は君の家族だろう。私は、彼を信用したんだ」
つい、言い訳をしてしまった。
「ここはインド。日本とは違うのよ」
彼女は、また首を振った。
「インドでは、家族も信用できないの?」
反論してしまったが、私にはわかっていた。
彼女の言うことが、100%正しい。
何故なら、ここはインド。
日本の常識が通用しない国なのだ。
つまり、私は油断していたのだ。

「ついでに言うと、私は兄が大嫌いなのよ」
「そうなのか」
「昨日、私が兄と口論していたのを見ていたでしょう?」
「ああ」
「前日に彼は店を無断欠勤したのよ。そのせいで、私は一日中店番だった。だから怒っていたのよ」
「それは彼が絶対に悪いね」
シャンに対するイメージが、どんどんネガティブに変わっていく。

「そもそも、あなたは私の友人であって、シャンは関係ないでしょう。
あなたは彼と遊んでばかり。全く気に入らないわ」
これは八つ当たり、という気がしないでもない。
そもそも彼女とは、会えるかどうか、わからない状況だったのだから。

深刻な顔をした私を見て、言い過ぎた、といった表情をする彼女。
「とにかく。今度お土産を持ってきたときは、必ず私に直接渡してね」
「…ハイ。わかりました。ゴメンね、スニ」
「直接よ。忘れないでね」
彼女が笑顔で言ってくれたので、少し救われた気分になった。
「なるべく早くコーチンに戻ってきてね」
「うん、わかったよ。それじゃあ、またね」
「またね」
私はスニのブティックを後にした。


私の心に、モヤモヤした感情が渦巻いている。
シャンは嘘をついて、私を裏切った。
彼に対して大きな失望を感じた。
お土産の中身を彼に見せたのが、決定的にまずかったような気がする。
でも、それがあったせいで彼の妹の病院に見舞いに行くことになり、面白い経験ができた。
その他にも彼のお陰で得がたい経験が色々出来たのは事実なのだ。
だから彼を否定したくない気持ちも残っている。
そして彼を家族だからといって盲目的に信じてしまった自分自身の責任も感じる。

なによりも残念だったのは、スニにお土産のチョコを渡せなかったことだ。
結婚のお祝いだったのに。
喜んで受け取ってもらえると思ったのに。
彼女には本当に悪いことをした。
この件に関してシャンに詰問しても、後味は悪くなるだけで状況は何も変わらない。
どっちにしろ、チョコはもう戻ってこないのだ。

英語のアンビバレントambivalent。
一人の人間に対して抱く、愛情と憎しみが同居する感情。
まさに、シャンに対する私の気持ちだった。
この感情はスリランカに行ったあとも続き、私が日本に戻ったあとも消えることがなかった。


 

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