top of page

キャメルサファリ

 赤、青、黄色、緑・・・

 ラジャスタン地方に来て、女性の華やかなファッションに、まず目を引かれる。

 腕に特徴的な太いリングをはめ、鮮やかな原色の民族衣装をまとっている。

 彼女達は荒涼とした砂漠の風景で、一際美しさが目立つ存在だ。

 

1999年5月13日

Jaisalmer, Rajasthan, India

 

 ジャイサルメール。

 街は灼熱の太陽に照らされ、黄金色の輝きを放っている。

 砂漠の中に忽然と姿を現す城塞は壮観の一言で、ここを訪れる旅行者は

誰でも、その幻想的な雰囲気に魅了されるに違いない。

 

 別名ゴールデンシティ。

 黄金の都は、かつてはシルクロードの重要な貿易地であったようだ。

 砂漠地帯の日中気温は50度を楽々超える。

 あまりの暑さに誰も表に出てこない。

 昼間の街は人影がなく、ゴーストタウンのように静まりかえっている。

 気温が下がり始める夕方から、街は本格的に動き始めるのだ。

 

 ジャイサルメールには、キャメルサファリと呼ばれる観光の目玉がある。

 ラクダによる砂漠横断ツアーだ。

 しかし、このツアーは悪徳業者が多く、彼らが不当な高額請求を観光客にするので、常にトラブルが絶えないとの噂だった。

 

 私はこの悪評多きツアーに参加すべきか悩んでいた。

 「どうするんだ?決めたのか?」

 宿のオーナーは私の顔を見るたび催促してくる。

 煮え切らない私に対して彼はとうとう痺れを切らし、ツアー料金を明示する。

「絶対ウチは格安で良心的だ。他のツアーと比較して決めても構わない」

 私は彼の熱意に負け、一泊二日のキャメルサファリ単独ツアーに参加を決めた。

 

「彼がムーンだ」

 宿のオーナーから紹介されたガイドは、口数の少ない不器用そうな男だった。

 MOON?

 彼の名を聞いて、砂漠の夜空に浮かぶ月の姿が思い浮かんだ。

 

 

 私、ガイド、ラクダ。このメンバーで砂漠の旅が始まった。

「キシューッ、シュッ、シュッ、シュッ」

 ガイドの掛け声と共にラクダは走り始める。

 

 「友人の家にちょっと寄りたい」

 ツアー開始早々に、ガイドが言い出した。

 そこは一軒の廃屋だった。

 中から体全体が火傷跡の男が出てきて、彼らは何か難しい表情で長い時間話し込んでいた。

 話を終え、彼は私の元へ戻ってきた。

「一家が火事に遭ったと聞き、心配だったので見舞いに寄ったんだ」

そう言い訳し、「当然だろ?」といいたげな表情をした。

 

 気を取り直して砂漠を歩き始める。

 ツアーのルートは予め決まっているように見えた。

 ガイドは途中で何度かラクダに水を飲ませ餌を与えたが、それらの場所探しに迷う様子はなかった。

 私の参加したツアーは、一泊二日の短期間なので街の近郊しか回れなかった。

 砂漠はところどころに草も生えていたし、遠くを眺めると街も視界に入る。

 

 当初の旅のイメージとはギャップがあると思い、ガイドに質問する。

「周囲が一面の砂漠は、長期間のツアーでしか見られないのだ」

 表情を変えずにガイドが答えた。

 そして高額請求のトラブルは、長距離ツアーで多く発生するものらしかった。

 私にはラクダに乗り砂漠を歩く経験、これだけで十分満足だった。

 

 生まれて初めて乗るラクダの背中は、乗っていて太ももの内側が痛くなるのが難点だったが、見晴らしがよく気分が良かった。

 砂漠は猛烈な暑さだった。

 ペットボトルの水を何本飲んでも、それ以上の汗が滝のように吹き出してくる。

 時折柔らかい風が吹いてきて、その都度顔を上げる。

 私はラクダに乗りながら、自分がシルクロードのキャラバンの一員になった光景を夢想していた。

 

 ラクダが急に立ち止まった。

「ちょっと降りてくれ」とガイドに促される。

「ん?せっかく気分よく乗っていたのに・・・」

 私は不満を感じながらラクダを降りた。

「この辺りは草木が多いから、ラクダに餌をやりたいんだ」

 彼が手綱を放すと、ラクダはゆっくりと草を食み始めた。

 

 「ラクダの餌はとても高いんだ」

 彼は私と歩きながら、とブツブツつぶやき始める。

 「こんな安いツアーでは、餌代で全て消えちまう」

 とうとう愚痴までこぼし始めた。

 

 無口な彼から出てくる言葉は、ラクダの餌に関する悩みばかりなのである。

 このガイドは客の私より、ラクダの事ばかり心配している。

 なんとマイペースで馬鹿正直な男なんだろうか。

 クックックッ・・・私は思わず笑い出した。

 

 アッハッハッハッ、アーハッハッハッ

 おかしくて笑いが止まらなかった。

 

 「!?」

 彼は不思議そうに私の笑い顔を見つめていた。

 

 やがて太陽が西に傾き、砂漠に静かな風が吹き始めた。

 「晩飯の時間だ」

 ガイドは乾燥させた牛糞で火を起こし、食事をつくり始めた。

 出された食事は、素朴な味のカレーとチャパティだった。

 

 砂漠での夜は涼しく、空は澄み切っていた。

 満腹になった私は毛布にくるまり、満天の星空の下で眠りに着いた。

 

 夜空には青白い月が浮かんでいた。

bottom of page