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手紙

1999年5月20日

Agra, Uttar Pradesh, India

 

 私は砂漠の旅を終え、タージマハールで有名なアグラーに立ち寄ることにした。

 デリー、アグラー、ジャイプールは名所や旧跡が特に集中しているエリアで、ゴールデントライアングルと呼ばれる三大観光地となっている。

 

 残念な事にアグラーは楽しめなかった。

 強引な物売りや観光業者が多く、隙を見せれば1ルピーでも多く掠め取ってやろうという魂胆が見え見えで、私の心は不快感が大きくなっていった。

 こんな時、自分が北インドに戻ったことを実感するのだ。

 

 旅先で美しい建物や景色を見ても、不愉快な出会いがあれば悪い印象だけが残ってしまうものだ。

 良心的なサービスをすればリピーターも増えて、結果的に彼らも潤うはずだ。

 何故それが彼らにはわからないのだろうか。

 白亜の宮殿を見上げ、そう強く思った。

 

 

 私は首都デリーに行くのが楽しみだった。

 デリーは観光史跡が多い街であるが、その予定は全くなかった。

 唯一の目的、それは手紙の受け取りである。

 インド旅行の最中、私は何度か日本の家族や友人に宛てて手紙を書いていた。

 手紙の最後には、「もし何かメッセージを頂けるならニュー・デリーの日本大使館に届けてほしい」と書き添えていた。

 

 誰かから手紙が来ていないか。

 いや、頼むから来ていてほしい。

 祈るような気持ちだった。

 

1999年5月22日

New Delhi, India

 

 デリーに着いてすぐ日本大使館に出向くと、家族や友人達から私宛の郵便物が何通か届いていた。

 開封して読んでみると、彼らの近況が綴られていた。

 

 現在の自分の生活状況。

 今、日本で流行っている出来事。

 共通の友人の話題。

 

 みんな、何も変わっていないんだな。

 日本を出る前と変わらない、いつもの生活が続いているようだった。

 何も変わっていないのが嬉しかった。

 手紙を読み、久しぶりに日本に帰りたくなった。

 

 手紙を受け取った後、デリーの中心街を散策する。

 さすがに首都とあって人通りは多い。

 途中で床屋を見かけたので散髪をした。

 髪を切ってもらっている間、鏡に写った自分の姿を眺める。

 

 その顔は頬がこけ、目つきが鋭くなっている。

 痩せて体全体が細くなった印象を受ける。

 衣服は上下クルタパジャマ、素足にサンダルを履いている。

 頭のてっぺんからつま先に至るまで、全て現地調達品に揃えられていた。

 四ヶ月前にインドに降り立った人物とは別人の姿が鏡の中にあった。

 

 

 中心街にはマクドナルドがあり、「マハラジャマック」という看板メニューを食べてみた。牛肉の替わりに羊肉をハンバーガーのパテにしてあり、味はビッグマックと遜色がないものだったが、とても値段が高かった。

 確か100ルピー前後だったと記憶している。

 物価の安いインドでは、マクドナルドは金持ちや海外旅行者しか食べることができない高級品なのだ。

 ところが、すぐ近くの屋台で堂々とハンバーガーが売られているのが

インドの面白い所だ。試しに買ってみたら値段はマクドナルドの十分の一だった。

 

 

 泊まった安宿では日本人旅行者と多く出会い、彼らと情報交換をした。パキスタンへ向かう予定の旅行者が多かった。

「フンザに行きたい」

彼らの誰もが、その地名を口にしていた。

 

 

 フンザ。

 パキスタン北部山岳地方にある秘境で、その素晴らしい景観は桃源郷と呼ぶのにふさわしいというのだ。宮崎駿監督のアニメ「風の谷のナウシカ」のモデルになったという説もあるらしい。

 出会った旅行者が口を揃えて行きたがる所は、どうしても気になってしまう。

 漠然としたイメージしかなかったが、とにかくフンザへ行ってみようと思った。

 

 私はビザの申請を行い、予定外のパキスタンに入国する事になった。初めて訪れるイスラム教の国だったが、インドの亜流の国のような先入観があり、それほど乗り気ではなかった。

 

 

 日本にいた時はメディアから流れるイスラム社会に関する報道を聞いて、「よくわからないが、いつも戦争をしている人達」といった否定的な印象を持っていたのも事実だ。

 

 ただ学生時代に歴史の授業でイスラム社会について少し学ぶ機会があり、当時の担当教授が、「日本におけるイスラムのイメージは欧米からのバイアス(偏見)が相当に入っているもので、真実の姿を伝えるものではない」と言っていたのが妙に引っかかり、頭の隅に残っていた。

 この際現地に行って、その辺りを確かめてみようか、とも考えていた。

 

 真実はどちらにあるのか。

 自分の目で見れば、きっと納得できるだろう。

 

 

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