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VISA

 ビザの期限切れが迫っていた。

 ラダックからデリーに戻った私は、鉄道で一気にカルカッタに向かう。

 あれほど再訪したかったバラナシは、結局素通りしてしまった。

 

 ガンジス河の沐浴は、しなくてもいいな。

 

 インド中を面白がって旅しているうち、どうでもよくなっていたのだ。

 私は濃密な旅の日々に満足していた。

 

 

1999年7月26日

Kolkata, West Bengal, India

 

 列車は、ほぼ定刻にカルカッタ・ハウラー駅に到着した。

 日本では常識だが、インドにおいては非常に珍しいことである。

 旅行中は、気まぐれな列車の到着時刻に随分振り回されたものだ。

 時にはこんな幸運もあるのだ、と思いテンションが上がっていく。

 

 私は半年振りにインド旅行の出発地点に戻ってきた。

 再び安宿街のサダルストリートヘ向かう。

 

 驚くべき事に、カルカッタは快適な街へと変貌を遂げていた。

「このカレーおいしいな!イケル!」

 何を食べてもおいしく感じる。

「景気はどうなの?」

「だんな、サッパリでさ。」

 

 人は以前と変わらず、歩いているとまとわりついて来る。

 しかし私は人あしらいが上手くなっていて、客引きや物売りと世間話をする余裕があった。

「あなた様、どうかお恵みを・・・」

「はい、1ルピーどうぞ」

 乞食への喜捨も、相手の顔を見て会話できる。

 彼らが全然恐ろしくない。

 むしろ楽しくてしょうがない。

 

 街が変わったわけではない。

 長旅で経験を積み、自分が成長したのだ。

 喜びが込み上げてくる。

 

 

 やがてビザの期限が翌日で切れるという状況になった。

 本来であれば早急に航空券を手配し、出国準備をしなくてはならない。

 しかし、カルカッタを去るのが急に名残り惜しくなってしまった。

 

 私は、あと1日だけでいいから滞在を延長できないか、と考えていた。

 泊まっていた安宿のマネージャーに、ビザの延長について相談した。

 すると、彼の顔色がみるみる曇っていく。

「ベリーバッド。本当は延長しないのがベストだ」

 険しい顔で忠告する。

 

 

 いつでも、どこでも、どんな問題が起きても「ノープロブレム」

 問題ない。

 これが口癖のインド人が、ベリーバッド?

 ここまで言うとは、本当に珍しい。

 よほどマズイ事なのだろうか?

 若干の不安を感じたが、行けば何とかなるだろう、と甘く思っていた。

 

 詳しく聞いてみると、延長申請は移民局(外国人登録所)に出向く必要が

あるとの事だった。

「本来申請は無料だが、奴らは賄賂を請求してくるだろう」

 どうやら、そこの担当部署に悪質な人間がいるようなのだ。

「奴らは腐っている。全く困ったものだ」

マネージャーは首を横に振って嘆いた。

 

「やはり移民局に行きます」

マネージャーに告げた。

「ビー・ケアフル」「ビー・ケアフル」

彼は何度も繰り返し言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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