SPICE CURRY & CAFE
SANSARA
スパイスカレー&カフェ サンサーラ
GOOD-BYE INDIA
1999年7月26日
Kolkata, West Bengal, India
ビザ延長のため移民局に出向くと、応接間のような場所に通された。
人相の悪い小太りの男が現れ、私の向かいの椅子に腰掛けた。
「インドで、どこに行っていたか、教えてくれ」
男は1時間近くに渡って私が旅した場所の詳細を聞き取り、その内容をメモしていった。
私が一通り話し終えると、男は唐突に聞いてきた。
「君はインドが好きか?」
「もちろん」と答える。
「私は君に協力したいのだ・・・インドが好きな君に・・・わかるよな」
男は目配せし、ニヤリと笑った。
これは、どう考えても賄賂の要求だった。
宿のマネージャーの忠告は正しかったのだ。
本来であれば、拒否して当然の展開だった。
しかし私は男がどのように反応するのか興味があり、試しに
100ルピー札を財布から出して目の前のテーブルに置いてみた。
すると男はフンと鼻を鳴らし、小馬鹿にした表情で、
「何だこれは?100ドル札の間違いではないのか」と言い出した。
男のあまりの図々しさに怒りが込み上げてきて、怒鳴り声が出る。
「おい、私は申請が無料だと知っているんだ。いい加減にしろ」
男は少し驚いた表情をした後に顔をしかめ、メモに何かを書きつけた。「明日、隣の窓口に、お前のパスポートを持っていけ」
男は不機嫌な顔で私にメモを渡し、素早い動作で100ルピー札を胸ポケットに入れた。
我々のやりとりを周囲の事務員は見ていたはずだ。
しかし彼らは何事もなかったかのように、淡々と作業を続けていた。
翌日になって再度移民局に出向くと、昨日の男の姿はなかった。
窓口には若い女性事務員がおり、私はパスポートを提出して事情を説明した。
彼女はパスポートに「航空券手配の事情があるため滞在延長を許可します」と英語で書き込み、ポンとスタンプを押した。
あっという間に手続きは終了してしまった。
「手数料はかからないのですか」
私は念のため、窓口の女性にと聞いてみた。
「もちろん無料です」
彼女は満面の笑顔で答えた。
安宿に戻ると、旅行代理店の男が現れていた。
「バンコク行きのチケットがあるぞ。安くするので買わないか」
私は値段の安さに釣られ、男からチケットを購入した。
チケットを見ると、ロイヤルブータン航空と書かれている。
ブータン・・・
ヒマラヤの小国ブータン?
タイに一度戻ろうと思った。
バンコクでは世界中の航空券が安く買えると聞いていた。
行ってから次の旅先を考えてみよう、と思った。
出会った旅行者達からベトナムやラオスの話を聞いて、これらの国に興味が出てきていたし、南米に行ける可能性は本当にあるのかも確かめたかった。
日本に帰る気は全くなかった。
旅は新しい局面を迎えつつある、そんな予感がしたからだ。
1999年7月29日
インド滞在の最後の日がやってきた。
宿にいた旅行者3人とタクシーに相乗りし、ダムダム国際空港に向かった。
出国手続きを済ませ、ロビーで搭乗を待っていると、ロイヤルブータン航空の機体が視界に入ってきた。
「本当に大丈夫?これ、落ちないの?!」
現れた航空機は、こちらが心配になるくらいの頼りない、小さな小さなプロペラ機だったのだ。
やがて搭乗手続きが始まり、乗客が次々と機体に乗り込んでいく。
私の前を歩いていた白人女性が、手を大きく振りながらタラップを上っていく。
「グッバイ、インディア」「グッバイ、インディア」
彼女は涙を流しながら、何度も叫んでいた。
半年間の出来事が走馬灯のように頭をよぎっていく。
最初は予想を超える出来事の連続で、戸惑うばかりだった。
騙されたり、病気になったり、と多くのトラブルもあった。
だが、出会った人達から多くの助力を受けたお陰で、ここまでの長い旅をなんとか続けることができた。
色々なことがあったが、結局は人だった。
ありがとう、インド。
私も彼女と一緒に叫んでみた。
「グッバーーイ、インディアーーーー」
航空機はバンコクに向け、旅立っていった。