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遥かなるアンデス

 

 

1999年8月3日

Bangkok,Thailand

 

 私が南米にこだわる理由は二つあった。

 子供の頃から、南米大陸に漠然とした憧れを抱き続けていた。

 理屈抜きで純粋に行ってみたい場所だった事。 これが第一の理由。

 もう一つの理由は音楽だった。

 

 南米アンデス地方の音楽、フォルクローレ。

 アジアの旅を続けながら、ずっと私の心を揺さぶり続けていた。

 私が南米行きに固執する決定的な要素だった。

 

 

 

 旅行に出る1年前に話は遡る。

 もともと私はボサノバやレゲエといった中南米の音楽が大好きだった。

 レンタルDVD店に行った私は、いつものようにワールドミュージックコーナーで面白い楽曲やアーティストがないか物色していた。

 一枚のCDが目にとまった。

 そのCDジャケットが、マチュピチュ遺跡を背景に使っていたのが気になってしまい、どんな音楽かわからなかったが1枚借りてみることにしたのだ。

 

 家に帰ってCDを聴いてみると、哀感あふれる笛の音が印象的な曲ばかりで、その笛がアンデスの葦笛(あしぶえ)・ケーナであることを知った。

 心の琴線に触れる音だった。

 この音楽が妙に気に入ってしまった私は、以後どんどん深みにはまっていき、夢中になって聞きまくる日常が続いた。

 

 ある日行きつけの楽器店に行ってみると、民族楽器コーナーにケーナが1本何気なく展示してあることに気づき、その場で衝動買いしてしまう。

 聴くだけではなく、自分で吹いてみたいと思った。

 

 ケーナを買ってみたのはいいが、最初は音そのものが出なかった。

 ところが毎日楽器に触れるうちに音の出し方のコツのようなものが体感でき、簡単な曲であれば演奏できるようになってくる。

 

 ケーナといえば「コンドルは飛んで行く」が有名である。

 実はこの曲、中級者以上でないと弾きこなせない難易度があり、見様見真似で練習してもなかなか上手に演奏ができない。

 粘り強く練習を続けても、独学の悲しさか一向に上達の気配がなかった。

 演奏上達のきっかけが、どこかにないものだろうか。

 旅に出る前はいつもそんな事を考えていた。

 

 フォルクローレ音楽のメッカは、アンデスの国ペルー、ボリビアだ。

 もし南米に行く事が出来るなら・・・

 本場で楽器を習ってみたい。

 そして現地で民芸品ではない本物の楽器を買いたい。

 

 ペルーには有名な観光地もたくさんある。

 ナスカの地上絵やマチュピチュ遺跡は日本でも広く知られているだろう。

 どれほど素晴しい景色なのだろうか、この目で見てみたい。

 やはり、一度は現地に行かないと駄目なのではないのか。

 

 

 

 こうした強い思い入れから、私は南米への旅を簡単に諦めることができないでいたのだ。

 それなら駄目元で動いてみようか。

 ようやく私の重い腰が上がった。

 

 南米行きのチケットを求め旅行代理店に出向くが、店員達の反応は冷たい。

「南米?絶対に無理だね」

「残念だが、その路線はウチは扱っていない」

「アメリカ合衆国までのチケットならあるが・・・」

 南米行きの航空券を手配出来ると豪語した旅行代理店が何件かあったが、その提示金額は私を失望させるに十分過ぎる高さだった。

 彼らの話を詳しく聞いてみると、アメリカ合衆国から南米までの航空券が安くできないらしい。

 確かにタイから南米は距離も遠いし、需要もそれほど多いとは思えない。

 

 やはり南米に行くのは夢物語だったのだ・・・

 現実的な東南アジア周遊プランに心が傾きかける。

そんなときに、ペルーに旅行に行ってきたというカップルに出会う。

「マチュピチュ遺跡がすごく良かったー、ねっ!」

「うん、やっぱり南米は最高ですよ」

 輝いた瞳で彼らにこんな台詞を言われ、また気持ちが揺れ動いてしまう。

 

「うまくいかないものですね・・・」

安宿に戻った私は、相部屋の日本人男性に南米行きのチケットがなかなか買えないことをぼやいた。

「ふーん・・・とりあえずメキシコに行くというのは、どうかな?」

彼から返ってきたのは、思いがけない国の名前だった。

 

 メキシコ。

 盲点だった。

 中米を旅することは、今まで考えたことがなかった。

 

「私は以前メキシコへ行ったことがあるが、とてもいい印象が残っている。物価もそれほど高くなかったし、ちゃんと安宿もあったよ」

 彼は国境からカルフォルニア半島をバスで南下した後、フェリーを使ってメキシコ半島に渡り、メキシコシティまで行ったのだという。

 

 話を聞けば聞くほど魅力的なルートに思えてきた。

 確かにあの国は面白そうだ。

 闘牛にタコス、サボテン、テキーラ、陽気なアミーゴの国。

 そう、中米メキシコもラテンアメリカだ。

 メキシコで旅を終えるのもいいかもしれない。

 

 彼はさらに「自分の泊まったシティの日本人宿を教えてあげるね

と言って、宿の名前と、宿にアクセスする地下鉄の最寄り駅を、メモ紙に書いてくれた。

 

 とりあえずアメリカまで行ってみようか。

そして、アメリカからメキシコに行ってみよう。

 揺れ動いていた自分の気持ちが、ようやく固まった。

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