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スタンバイ

 

1999年8月5日

Bangkok,Thailand

 

 

 アメリカに行こうと決心し旅行代理店を何軒もハシゴするも、肝心要の航空券がなかなか購入出来ない。

 どこに行っても返ってくる答えは同じであった。

「満席になっているので予約は出来ない」

 

 バンコクでの滞在期間は1週間を越え、さすがに焦りが募ってきた。

 戦意喪失気分で安宿に戻ると、滞在していた旅行者から耳寄りの情報を入手する。

「親切と評判の旅行代理店があるから、行ってみたらどう?」

 早速その旅行代理店を訪ねてみることにした。

 

 窓口の中年女性は物腰の柔らかい感じのよい対応で、私は彼女に好感を持った。

 「現在はバカンスシーズンで、アメリカに行く便は全て満席。 しかも一ヶ月先まで予約でびっしりと埋まっている状況です」

 彼女も他店同様の答えをした。

 

 やっぱり無理だったのか・・・

 諦めかけたそのときに彼女が言った。

「実は一つだけ方法があるの。試してみる価値があるわ」

 

「えっ!本当に?どうやって?」

「それは・・・スタンバイを利用するのよ」

 

 スタンバイ。

 いわゆる空席待ちのことである。

 オープンチケット(日時変更が自由にできる航空券のこと)を購入後に空港に出向き、乗客のキャンセルを待ちながら、 空席がでた時点で搭乗手続きをするのだ。

 スタンバイは早く手続きをした人から優先的に搭乗出来る。

 だから誰よりも早く空港に行って、手続きを済ませなくてはいけない。

 もちろんキャンセルが発生しなくて空振りに終わる可能性もある。

 

「試してみる?」

 彼女はじっと私をみつめる。

「YES!」

 オープンチケットは格安航空券に比べ割高だと知っていたが、バンコク発の チケットは競合が多いせいか、各社が運賃の割引合戦をしている状況だった。

 日系の航空会社も例外ではなく、意外なことに他社と比較しても安かった。

 

 私はスタンバイを自分の拙い英語で説明して理解してもらえるのか 不安だった。

 だから日本語で事務手続きを行える日系の航空会社に、大きなメリットを感じた。

 購入したチケットの内訳は以下の通りだ。

 バンコク発、東京経由、ロスアンゼルス行きの往復。

 1年オープンで24000バーツ(約650USドル)。

 

 あとは出たところ勝負だ。

 急いで宿に戻り、旅支度を整えなくてはならない。

 帰路の途中、露店でロンリープラネットの南米大陸版が売っていたのを見かけ、即決で購入した。

 これを持っていれば、お守り代わりになってくれるだろう。

 

「これからアメリカに行くんだよ」

 安宿に戻り、滞在中の旅行者達にチケットの件を報告した。

「えー、アメリカに行くのか、いいなあ」

 旅行者たちよりも、タイ人スタッフに羨ましがられた。

 

 

 バンコクで最後の夜を迎えた。

 アジアを離れ、全く文化の異なるラテンアメリカに飛び込んで行く。

 これからの旅を想像していると、期待と不安が激しく交錯する。

 私は興奮していた。

 初めて旅を始める時のように胸が高鳴っている。

 ワクワクしてしょうがない。

 

 屋台で食事をしていると、隣のテーブルで日本人女性が一人で食事をしている のを見かけた。

 彼女の表情が寂しそうなのが気になり、思い切って声をかけてみた。

「よかったら一緒に食べませんか?」

 

 

 二人で食事をしながら、旅の話や互いの身の上話が弾んでいく。

 彼女はアジアの旅を終え、日本に帰るところだった。

今まで友人と共に旅をしていたが、友人は先に帰国してしまったのだという。

 日本に戻れば変わらない日常が待っていることは、当然彼女もわかっている。

「あーあ、帰りたくないなあ。お金もないし、帰るしかないんだけれども・・・」

 彼女は深いため息をついた。

 

「それで・・・アメリカの旅では、どこに行くの?」

「明日アメリカ行きの飛行機に乗るのですが、そのまま陸路で国境を越えて メキシコシティまで行こうと思っています」

「メキシコ・・・いいなあ。私も行ってみたい」

「うん、本当に楽しみなんです」

「日本でメキシコ旅行の資金を頑張って稼ごうかな」

「メキシコで、またお互い会えたら面白いね」

 メモ紙にメールアドレスを書いて、彼女に渡した。

 

 

 

1999年8月6日

Bangkok,Thailand

 出発の当日。

 航空機の出発2時間前に空港に着いた。

 チェックインカウンターでチケットを見せ、搭乗の機会を待つことになった。

 やはり日本語でスタンバイの説明をするのは、精神的にとても楽だった。

 スタンバイ希望の乗客は、私が一番最初だったようだ。

 チャンスはあるのかもしれない。

 

 いよいよ搭乗手続きが始まった。

 カウンターには行列ができ、乗客達が登場手続きを済ませていく。

その様子を他人事のように眺めていた。

 私が呼ばれるのは、乗客名簿の最後の搭乗者の手続きが終わってからだ。

 

 本当に搭乗できるのか?

 不安と緊張で、待ち時間が長く感じられた。

「!!」

 私の名前が呼ばれた。

 乗客のキャンセル発生で空席ができ、私は無事に機内に乗り込むことが 出来たのだ。

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