SPICE CURRY & CAFE
SANSARA
スパイスカレー&カフェ サンサーラ
学生証
1999年8月19日
Mexico City,Mexico
メキシコで楽しい日々が続いているため、ここで可能な限り長く滞在しようと決めた。
少しでも滞在費用を安くあげようと考え、別の日本人宿に移ることにした。
新しく移った宿は、多くの長期旅行者が滞在中だった。
旅行者達が発散している一種の倦怠感。
旅が日常になり、飽き始めている兆候だ。
私はこの宿の、こうした緩んだ雰囲気が大好きだった。
メキシコシティで滞在を始めると、さほど多くの金を使わない。
宿代と食事代を含めても、合計で1日10~20ドル済んでしまう。
ティファナでの散財、あれは一体なんだったのであろうか?
私は首を捻った。
長期滞在中の旅行者は食事代を安く済ませるため、自炊する人が多かった。
料理の得意な人が大量に食事を調理して、食べたい人全員で材料費を割り勘にする 夕食があり、よく私もご相伴に預かった。
やはり日本語の会話、大勢での食事は楽しい。
旅好きが集まってする会話だから話題はつきない。
彼らの話を聞いていると、大半の人がスペイン語がろくに話せなくても、構わずに中南米の旅行をしていることがわかった。
ほんの少しの勇気があれば、誰でもラテンアメリカに来れるのだ。
この宿には日本の雑誌や漫画がたくさんあり、TVゲームまである。
RPGドラゴンクエストをやっている旅行者がいたが、彼は一体いつまで滞在するつもり だったのか。
徹夜のマージャン大会まであった。
みなヒマを持て余す旅人だ。
遊ぶ面子はいつも揃っていた。
インターネットの接続もされており、メールチェックをしてみる。
日本の友人達から 、何通かメールが届いていた。
インドでアドレス交換をした旅行者達からもメールが来ている。
「そうか、まだみんなインドを旅しているんだ」
メールチェックを続けていると、意外な差出人に私の目が止まる。
バンコクで会った彼女だ。
期待してメールを開く。
「日本の生活が忙しくなり、旅に出るのは難しくなりました」
滞在が1週間を超えてくると、これから南米に行く人や、南米から戻ってきた人からの具体的な情報が次第に集まってきた。
私は陸路で南米に行くのが一番安い方法と思いこんでいたが、そうではなかった。
中米のパナマがネックなのだ。
パナマとコロンビアの間にはダリエンギャップと呼ばれる地峡があり、地元のゲリラが 出没するので治安上陸路を避けるのが一般的らしい。
しかもダリエンギャップを越えるため利用する船や飛行機の料金は割高で、総合的に考えると、飛行機でメキシコから直接南米に行く方が安くつくだろうと感じた。
旅行代理店を何件か廻り、南米行きのチケットの相場を調べることにした。
航空会社によって、運賃に大きな違いがあるのがわかった。
特にエクアドルの国営航空会社が販売している三ヶ月往復FIX(日時変更不可)のチケットが、 400ドル台とかなり安かった。
ここまで金額が下がると、南米行きが俄然現実味を帯びてくる。
宿に戻りチケットの話をしていると、ある学生が私の前にやってきて旅行パンフレットを広げた。
「さらに安く航空券を買う裏技がありますよ」
メキシコシティには学生専門の旅行代理店があり、学生証を使うと学割で航空券を 買うことができるというのだ。
パンフレットを見ると、確かに安い。
メキシコからエクアドルの往復チケットが400ドルを切っている!!
話を聞いていると、本当に南米にいけそうな気がしてきた。
「それにしても、いい年をした大人が学生証を作ることが出来るの?」
念のため聞いてみる。
「欧米では中高年が学校に入り直すことことがあるため、若者でなくても 学生証を持っていることは珍しくないのです」
学生はキッパリと答える。
学生証の発行には身分証明のできるもの、例えば日本の自動車の運転免許証があれば 完璧らしい。
当然免許証は持ってきていなかったが、他人の免許証を借りて顔写真の部分だけ 自分のものを貼り、コピーしたものを持っていけばバレないというのだ。
「彼らは漢字が読めないので、絶対大丈夫です」
学生は太鼓判を押した。
「自分の、使っていいですよ」
私達の会話を聞いていた隣の若者が運転免許証を貸してくれた。
半信半疑だったが、今回も駄目元で試してみようと行動に移した。
免許証のコピーを用意し、繁華街のソナ・ロッサ行くと、あっさりと学生証が発行された。
「嘘みたいだ」
思わずニヤけてしまう。
学生証は本当に発行されたが、当の本人が嘘をついているのだから始末におえない。
そして学生専門の旅行代理店に突撃。
おそるおそる学生証を出してみた。
女性の事務員同士でヒソヒソ会話しているのが聞こえる。
「アスタ・マニャーナ」
気になる言葉が聞こえてきた。
面倒なことは明日に回してしまえ、というスペイン語の決まり文句だ。
もしかして、インチキがばれたのか?
不安がよぎった。
私は真剣な表情をしながら、大声で頼む。
「アオラ、ポルファボール!」(今すぐやって下さい)
意外にも彼女達は迅速にチケットを発行してくれた。
ひょっとして、彼女達は私の顔が怖かったのかもしれない。
メキシコからエクアドルまで、往復三ヶ月間のFIXチケット。
本当に買えてしまった。
しかも358ドルと破格の安さだ。
手にしたチケットを見ても、これが現実とは信じられなかった。
夢に見た南米行きが本当に実現してしまい、笑いが止まらない。
「今日はお祝いだ」
あまりの嬉しさに、宿にもどったあと夜中まで酒を痛飲してしまう。
1999年8月24日
Mexico City,Mexico
「しまった!」
連日の夜ふかしがたたり、飛行機に乗り込む当日だというのに私は寝坊してしまった。
搭乗手続きの時間ギリギリに空港に到着する。
「もう時間がないよ、セニョール」
私が訴えると、 空港の係員は荷物チェックを中断した。
「しょうがないなあ、早く飛行機に乗りなさい」
ほぼフリーパスで私を送り出した。
とーってもいいかげんな空港の手続きだった。
「あれ?そういえば結局出国税を払わなかったけれど、いいのかな」
一応気なりながらに機内に乗り込んだが、全くお咎めなしだった。
さすがはラテンの国というべきか。
それとも寝坊してドタバタ劇を演じてしまった私がラテン系だったのか。