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音楽

 

 

 

 私は念願だった音楽修行を行うため、ラパスに一ヶ月半滞在することになった。

 滞在当初はケーナをどこで習ったらいいのか、皆目見当がつかない状況だった。

 

「どこでケーナを勉強できますか」

 民芸品店や楽器店に立ち寄り、尋ねて回る。

「アンタ、音楽を勉強したいのか?それだったら・・・」

 彼らは一様に同じ学校名を私に告げる。

 紹介されたのは、エリオスという名前の音楽学校だった。

 

 音楽学校を訪問した私は「ケーナを学びたい」と伝え、その場で入学手続きをした。

 ところが始まってみると、教室は私一人だけしかいなかった。

 音楽学校はピアノや金管楽器などのクラシック音楽を学ぶ生徒が多かった。

 私のように民族楽器を習う人間は、少数派だったようだ。

 

 レッスン一回が1時間なのだが、担当のマリオ先生は常時つきっきりで指導してくれるのではなく、始めと終わりに顔を出すだけだ。

 どうも手取り足取り教えてくれる感じではなかった。

 しかも先生の専門はアコーディオンらしく、彼の見本演奏を聴いていても、それほど上手とは思えなかった。

「こりゃあ、失敗したかな?」

 正直レッスン内容に物足りなさを感じたが、マリオ先生が庶民的で気さくな雰囲気がしたので妥協してしまった。

 

 楽器店の親父は、断固たる口調で私に言っていた。

「音楽学校?聴くことが一番のレッスンさ。そういうもんだ」

 わざわざ金を払って学ぶものではない、と言っているようにも聞こえた。

 

 確かに親父の言う事にも一理ある。

 しかし外国人の私にとって音楽学校に通う事は、 地元の人間にはわからない大きなメリットがあった。

 それは地元ボリビア人が当たり前のように聞いている民謡や流行歌を、練習曲として学べる点だ。

 

 そして街角で流れる音に耳を傾けたり、心に残った現地の風景を目に焼き付けておく事も、 いい演奏をするには必要なのかもしれない。

 本場で音楽を習う意義は、この辺にあるのだろうな、と思った。

 

 

 

 音楽のレッスンは、次第に本格的な内容に移っていった。

 始まる前に1枚の譜面を渡され、内容を覚えることが出来れば、次の課題曲の譜面 を渡されるシステムになっていた。

 ところが音楽の基礎を学んでいない私は、まともに譜面が読めない。

「オートラ・ベス」(もう1回やろう)

 マリオ先生は言葉が通じない事もあり、私の指導に苦労しているように見えた。

 

 当初は先へと進みたい一心で、毎日のようにレッスンを受けていた。

 しかしある程度進んでくると運指やリズムパターンが複雑になって、1回だけでは課題曲をマスターできなくなってくる。

 どうしても繰り返し同じ曲を練習することになる。

 そのうち自分のやっている行為が時間と金の無駄だと悟り、週2~3回のペースに落として地道に曲の習得に励むようになった。

 

 なかなかレッスンは前に進まない。

 それでも、自分の好きな音楽を学べること自体が楽しかった。

 学生時代の私は音楽の授業が大嫌いだったが、ここボリビアでは金を払い喜んで学んでいる。

 

 

 レッスンのない日は、宿の付近を気の向くまま散策し、多くの楽器店を訪れていた。

 そのうち目が肥えてきて、楽器の良し悪しや、大まかな相場が把握できてくるようになった。

 

 工場直営の楽器店が路地裏にあるのを見つけた。

 店に入り商品を確認してみると、どれも品質が良く、しかも相場よりもかなり安い。

 ここでケーナとサンポーニャを買った。

 サンポーニャは、長さの違う葦を束ねたパンフルートだ。

 ケーナ同様、アンデス地方の伝統的な民族楽器である。

 吹くと、風を切る乾いた音が鳴り響いた。

 

 

 音楽学校でレッスンを受け、時間があまると街を散策。

 宿に戻ると、部屋の中でケーナの練習に励む。

 ラパス滞在の一ヶ月半は、このように判で押したような同じ日々が続くのだった。

 ケーナは大きい音が鳴る管楽器である。

 演奏していると周囲に音が漏れているはずなのだが、宿の管理人一家は文句の一つも言わず、私を見守ってくれているのだった。

 

 

 

1999年10月30日

LaPaz,Bolivia

 

 コンコン。

 いつものように部屋で練習を続けていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「?」

 ドアを開けると、宿の息子がドアの前に立っている。

 彼の手には、サンポーニャが握られていた。

「おや、どうしたの?」

 尋ねても、モジモジしたままで要領を得ない。

 

 見かねた親父が息子の隣にやってきた。

「息子にも、1曲教えてやってくれないかな」

「もちろん!」

 

 部屋から中庭に出ると、青空が広がっていた。

 サンポーニャを二人一緒に吹き始めた。

 地元ボリビア人の子供に、日本人の私がボリビアの伝承曲を教えている。

 考えてみれば、なかなかシュールな光景だ。

「ウノ、ドス、トレス」(1、2の3)

 

♪♪♪~

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