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旅の終わり

 

 おかしい。

 話が全然かみ合わない。

 

 札幌で彼女と再会を果たしたが、話せば話すほど距離が広がっていく感覚があった。

 

 某ホテルの部屋。

「やっぱり・・・私たち合わないと思う」

「確かにそうだね」

 わかっていたが、自分で認めるのが怖かった。

「お別れね。ありがとう」

「いいんだ。君も元気でね」

 

 旅先の恋愛で、よくある話だ。

 出会ったときは、キラキラ輝いて素晴しかった互いの印象。

 ところが帰国すると、すっかり色あせて しまう。

 帰国後に旅行中の高いテンションが落ち、冷静になり考え直す。

「あれ?なにが良かったの?」

 と、なってしまうのだ。

 

 俗に言う、旅のマジックと呼ばれる錯覚だったのだ。

 そう自分に言い訳するものの、やはりショックは大きかった。

 

 ホテルを出ると、外は粉雪が舞っていた。

 

 

 

 

 自宅とバイト先の往復を繰り返す単調な日々が続く。

 旅先で感じた高揚感は、完全に無くなっていた。

 将来が全く見えない状況。

 不安定な精神状態が続いていた。

 

 

 そんなある日。

 1本の国際電話が自宅にかかってきた。

 電話口に出て、声を確かめる。

 このイントネーション、外国人だ。

 

「アルンです。私のこと覚えていますか」

 意外な相手だった。

 そして流暢な日本語だった。

 

 アルン・・・

 そうだ、インドで御世話になった親切な人だ。

 ブッダガヤだ。

 懐かしい田園風景が脳裏によみがえってきた。

 そういえば、彼にも御礼の手紙を出していた。

 そのとき電話番号も一緒に書いていたのだろう。

 

「お久しぶりです。一体どうしたのですか」

 彼からは予想外の答えが返ってきた。

「私と商売しましょう。私、インドのお土産送る。あなた、日本で売ってくれればいい。」

 

 嫌な予感がしてくる。

「そんな事、急に言われても無理ですよ」

「実は仕事がうまくいってない。借金たくさんあります」

 あのとき仕事をサボタージュする彼に感じていた微かな不安。

 これほど大きなトラブルに発展しているとは。

 

「今、バラナシにいます。お金を返さないと、大変なことになります」

 

「バラナシ?」

 

 ガンジス河の街・聖地バラナシには、裏の顔がある。

 「バラナシはマフィアが多い」

 私はインド旅行中に頻繁に聞いた噂を思い出していた。

 

 彼が今バラナシにいるということは、マフィアが絡んだトラブルに巻き込まれているのではないのか。

 彼の緊迫した話し方からいって、横に誰かいたのではないのか。

 もしそうであれば、マフィアの人間しかありえない。

 借金を返せなくなって言い訳に困り、「返す当てがある」と言って、私の家に電話してきたのではないか。

 

 この問題に下手に首を突っ込むべきではない。

 自分に大変な災厄が訪れるぞ。

 そう直感 した。

 

 自分が旅した中で、一度も欲しいと思わなかった民芸品をわざわざ売る気はまったく起きなかった。

 それに加えて目の肥えた日本人に、ありふれたインド雑貨が売れると思えなかった。

 

「アルンさん、インドの土産物は日本では簡単に売れません」

 私は努めて冷静に言った。

 

 彼の哀願は続く。

「私インドで、あなたにたくさん世話した」

「そうです、感謝してます」

「今度はあなた、私を助ける番」

 彼は私の一番痛い所を突いてきた。

 

 まさか、の展開である。

 ブッダガヤで彼から受けた好意の数々。

 感謝してもしきれない。

 だが・・・

 こんな形で返さなくてはならないのだろうか。

 

「助けて・・・私を助けて下さい」

 嗚呼。

「ごめんなさい。あなたの力にはなれません」

「助けて・・・」

「ごめんなさい・・・許して、アルンさん」

「・・・」

 

 私は受話器を降ろした。

 旅が完全に終わった瞬間だった。

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