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悠久の大河

 1999年2月4日

Varanasi, Uttar Pradesh, India

 

 カルカッタから鉄道に乗り、目的地バラナシに到着した。

 ここはインド観光のハイライトであるガンジス河の街として有名だ。

 ガートと呼ばれる沐浴場付近には迷路のような細い路地が続き、町並み は中世の面影を残していた。

 ヒンドゥー教の重要な聖地であり、多くの巡礼者が訪れることでも知られている。

 

 カルカッタで出会った旅行者が、一軒の宿を紹介してくれた。

 その宿は家庭的で、とても居心地がよかった。

 宿のオーナーの息子はバラナシに到着したばかりの私を、自分の部屋に遊びに来ないかと招いてくれた。

 

 彼の部屋から眺める悠久の大河は、夕暮れ時で真っ赤に染まっていた。河畔にはボートが幾艘も浮かび、巡礼者が祈りを捧げていた。

 聖なる河ガンジスは期待通り美しかった。

 

 部屋のラジカセからは、大音量でインドの流行歌が流れていた。

 女性の甲高い歌声が、私の体を突き抜けていく。

 タブラーが激しいリズムを刻んでいた。

 

 私はこの時、この場所に自分がいることに興奮し、今まで沈みがちだったテンションが一気に最高潮に達するのを感じた。

 感極まり、涙がぽろぽろと流れ落ちていく。

 やはり、ここへ来てよかった、と思った。

 涙が止まらなかった。

 

 私はこのバラナシの街がすっかり気に入ってしまった。

 一週間に渡った滞在は、今後インドを旅するのに必要なノウハウを勉強させてくれる学校のようなものだった。

 初めて本格的な交渉をして上着のクルタパジャマを買った。

 値切りすぎたせいで服屋の親父の顔色が変わり出すのを見た。

 価格交渉のコツや勘所がつかめてきたような気がした。

 

 怖気づいてなかなか出来なかった買い物も、少額なら多少騙されても構わないと考えるようになった。

 買い物をしながら人間観察していると、気弱で不器用な商売人も存在していて、誰もが不当に値段を吹っかけている訳ではないこともわかってきた。

 

 インドのカレー文化にも、ようやく慣れてきた。

 あらゆる料理は基本的に香辛料で味付けされており、煮物、焼き物、揚げ物、スナック菓子までがカレー味だった。

 肉の入ったカレーはとても値段が高く、野菜や豆が具材として一般的なことを知った。

 ターリーと呼ばれるカレー定食は、とても安かった。

 食事代を節約して毎日ターリーを食べていたら、カレーを食べることへの抵抗がなくなっていた。

 

 バラナシは何もかもあからさまで、最もインドらしい街だという。

 その評判通り、見たくないものもしっかり見せてくれた。

 街を歩いていると、どこかで子供の怒鳴り声が聞こえてきた。

 声のある方向に近づくと、店番をしている子供が掃除夫の老人を叱責していた。老人の打ちひしがれた顔は、弱った犬のように見えた。

 

 インド政府は公式にカースト制度を廃止したと発表したが、現実にはまだ根強く残っていることを目の当たりにする。

 老掃除夫はこの今世をとっとと終わらせて、来世こそは高いカーストに生まれたいと願っていたのか。

 それとも輪廻の輪を抜け、カーストからの解脱を願っていたのだろうか。

 

 本当は、ガンジス河で沐浴をしたかった。

 しかし滞在中に寒気や微熱といった風邪の兆候を感じ始めており、

病状の悪化を恐れた私は沐浴することを断念してしまった。

 近いうちに沐浴のためにバラナシを再訪しようと思った。

 

 沐浴をしなくても、ガンジス河は一日中眺めていて飽きなかった。

 私は暇さえあればガートで佇み、沐浴する巡礼者を眺め、物売りの子供や旅行者と会話していた。

 

 ある日ガートで座り込んでいると、一人の巡礼者が近づいてきた。

 「聖なるガンジスは、今までの人生を精算することができるのだ」

 そう言って、河からすくった水を私の頭の上にかけてくれた。

 精算を意味するRESETの響きが耳に残った。

 

 旅のリセットという意味なら、バラナシに来てからインドに対する恐怖心が薄れ、もう少し旅を続けてみようという気になったのは間違いない。

 旅を仕切り直そう、と前向きな気持ちが強くなったのは確かだ。

 しかし、ガンジスの聖水で、人生が結局リセットできたのか。

 今でもわからない。

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