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ネパール国境

 私は一度インドから離れてネパールに行くことに決めた。

ネパール人はインド人と比較して性格が穏やかだという。

だから、インドに疲れた旅人はネパールに向かう。

 

 私もネパールの旅で精神的にリラックスして、英気を養いたかった。

トレッキングの予定はなかったが、できれば美しいヒマラヤの連なりを近くまで行って見たいと思った。

 

 バラナシからゴラクプルへ移動し、ネパール国境に向かうバスに乗るために旅行代理店に入った。

 中で談笑していた5人の従業員が一斉に振り向き、私を見た。

「国境までのバスチケットを買いたい」と伝える。

 従業員の一人が言った

「350ルピーだ」

 

 ずいぶん値段が高いな、国境越えのバスだから仕方がないのか。

 そう思った。

 

 チケット代を支払おうとする直前、一人の男が私の視界に入った。

 男は極度に緊張した表情で、私を見ているのだ。

 彼に目を合わせると顔を下に向け、視線をそらした。

 

 何かがおかしい。

 胸騒ぎがしたので、バス代を支払うのをやめた。

 

 旅行代理店の外に出ると、バスのそばにいた男が私に乗車を促した。

「間もなく出発するから、早く乗りな。チケット代は70ルピーだ」

 その場で金を支払い、バスに乗り込んだ。

 

 さっきは思い切り騙されそうだったな。

 ギリギリの所でなんとか切り抜けた。

 良かった。

 ホッと安心し、シートに身を沈める。

 

 バスが動き始め、窓の外に視線を移す。

 つい先ほど私にバスチケットを売った男が、まるで「ざまあ、見ろ」と言いたげな顔をして私を見ている。

 男の表情が気になり、チケットの半券に書かれた数字をじっくりと眺めてみた。

 半券には大きな字で 35 と書かれていた。

 だから、インドは最後の最後まで気の抜けない国なのだ。

 

 

1999年2月11日

Lumbini, Western Region,Nepal

 

「ネパールへようこそ」

 国境の役人が愛想よく微笑むのを見て、インド人との交渉でささくれ立っていた心が緩んだ。

 入国手続きを済ませ釈迦生誕地のルンビニに着くと、どうしても我慢できない便意に襲われた。

 

 「トイレに連れていってほしい」

 近くにいた少年をつかまえて、彼の家のトイレを借りる。

 トイレがきっかけとなり、彼の家で世間話をすることになった。

 

 

 話をしてみると、彼はサッカーが大好きなことがわかった。

「中田英寿選手は大好きさ。彼はネパールでも有名人だよ。」

 本当にネパール人と日本人は似ている。

 彼の顔を見ていて、つくづく思った。

「いつか、ネパールの代表選手として国際試合に出場する。それが僕の夢なんです」

 少年は爽やかに笑った。

 

 少年の兄がホテルのマネジャーをしていると聞き、そのホテルまで連れて行ってもらった。

 少年の兄は、気性の激しそうな目つきの鋭い若者だった。

 彼の顔をみて一瞬失敗したかなと思ったが、トイレの恩に報いようと思い、結局その宿に泊まることに決めた。

 

 案内された部屋は隣が食堂になっており、酔客の笑い声や音楽などの騒音がひどく、料金も安くなかった。

 翌朝、寝不足でポカラ行きのバスに乗った。

 

 

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